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中央小学校 3年生 課外授業

三条雲蝶会です。

中央小学校 3年生 課外授業

 朝、8:45分中央小学校3年生26名が、大きな声で元気よく「おはようございます」と笑顔でバスを降りてくる。

 曇り空でしたが、私達雲蝶会3名も、子供たちから元気をもらい、やる気満々でスタートしました。

 社殿の中で、雲蝶さんの作品の説明をし、子供たちから多くの質問を受けました。質問の中 に、ガイド(内山)さんは        
 ・何が一番すきですか?                                   
 ・どんなお仕事しているのですか?  

 雲蝶さん、神社の由来、以外の質問が多く出てきました。内山さんの説明で親しみを感じ、内山さん自身のことを、詳しくしりたかったのでしょうか?
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 説明が終わり、山を下りるとき、雨が降ってきました。 足元に気を付けてゆっくりと下りてきました。

K.W.



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6月8日燕三条まちあるき最終日 石動神社と東山寺をめぐる

三条雲蝶会です。

6月8日燕三条まちあるき最終日 石動神社と東山寺をめぐる
あいにくの雨の中のスタート

遠く新潟市五泉市からの参加の方も居られました

石動神社は400段の階段を登り権現山の山頂に有ります
沢山の彫刻の作品を眺めてたら、当時の雲蝶に会ってみたくなりました

下山後は
東山寺に移動
住職から 山門の四天王を見せて頂き
本堂で座禅体験
無になり 静かに穏やかに時が流れました

外に出ると雨もやみ
皆さんをお見送り

ご参加有難うございました
また機会が有ったら
雲蝶見に来て下さいね
C.Y.
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東山寺山門
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東山寺本堂
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東山寺四天王
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雲蝶さんの“粋”をたずねて


三条雲蝶会です。

本成寺 ― つるがやコース 
 6月1日(土)さわやかなさつき晴れのもと本成寺赤門はより鮮やかに朱で迎えてくれました。
 会長のあいさつの後今日のコースの目的についての説明がありました。
 雲蝶さん30才代の作品が多く、それも比較的雲蝶さん自身の個性が出やすい小品がここ本成寺にあります。そのキーワードは“粋”ではないかと思います。雲蝶さんの持つ“粋”探しに行きましょう。その粋な雲蝶さんを受け入れた“当時の三条の町”を、“町屋”を訪ねてみましょう。
 雲蝶さんの活躍の舞台となる本成寺のこと、雲蝶さんの出生、本成寺に至る経緯は軽く説明する。
 本照院です。門の右端を見てください。飛龍ですが内側の飛龍と対になって舞う構図になっています。左にある飛龍も対になって舞う様子は法華経の使者としてこの寺を訪れる人々に功徳を施している。
 静明院です。向拜の2本の柱の獅子を見てみましょう。通常は柱の上部中央にある獅子がここではやや外側にあります。しかもその視線が向拜前方3m付近で結びます。琴高仙人の署名といいこころにくい演出に感心してしまいます。上げていただいた仏間での欄間には三日月とヤマブドウを左上から右下まで流した透かし彫りです。何とも素敵な絵を見ているようです。本堂には寺宝の亀の置物がありました。30cmに満たない小品ですが上部の甲羅の亀甲紋は木目を生かし、本物より本物らしく、首のしわも次第に太くなっていていまにも動きそうです。お中のラインや前足、後ろ足の指の数まできっちり彫りあげた観察眼の確かさには感心しました。
 お寺の行事等で赤牛は時間が短く、蓮如院のお猿さんには会えませんでした。
 雲蝶さんの住んだ町街並みに向います。
 与謝野明子の碑に昭和初期の三条商人たちの“粋”を感じながら信濃川、五十嵐川上流へと歩を進めると、それまで橋を架けることが禁じられていましたが明治政府に変るや否や架橋の願い出を行い、やっと『三条橋』をかけたと思ったら明治14年に水害で流されてしまう。それにもめげず再び願い出て明治16年に現『嵐川橋』が、さらに信濃川を走る蒸気船に出資するなど三条商人の心意気に感じつつ上流へ、左手に『本間小路』米穀、呉服の豪商本間家専用の川港に物資を出し入れする道路、宮小路を過ぎると村上、長岡、村松各藩の御用達を務める米穀商廣川家、南蔵小路を下って『つるがや』へ
小粋なショウウエンドウを入口の両側に配し、その上には重々しい板に『つるがや』と書した看板が掲げられている。(板は屋久杉で、書家の荻根沢小班筆)
一歩入ると正面に二畳近くの大凧(三の町標凧「渡辺綱」)が飾られ、良く見るとバック二間ほどの壁面は簾がおろされています。それを通してとなりの部屋のふすまが覗われます。何とも風情ある飾り付けでしょう。
隣りの客間に通されてみると二階はおろか三階まであろうかという空間があり、6,7mもの通し柱が周囲を支えていました。店主のお話ではもうこれだけの柱はないと、お客様の頭の上に人を置いては失礼との心づかいの表れ、同時に東と南からの明かりとりになっているとも、しかし上の障子の張替は命懸け、冬の寒さは並みでないなどの苦労話も。床の間には五月にふさわしい二幅の掛け軸が下がり、初夏の淡いい黄色の花が活けられていました。書画を志す若者が出入りし、その絵や書を買うことで幾ばくかの育みも果たしていました。終りの方で店主は「うちは企業ではなく、家業です。もうけることが目的ではなく、それによって自分が楽しみ、他の人からも楽しんでもらうのです。」と結ばれました。町家に住まうもののもてなしの心、そして町家の持つ文化の発信者の姿を見せていただきました。
帰りは今は本町通りですが雲蝶さんの時代には四の町通りを歩き、雲蝶さんの家のあたりできょう歩いてきた周囲に『つるがや』さんで見たりお聞きした町家を想像していただき、雲蝶さんの家の向かいには右から豪商本間家があり、婿入り先の酒井家、そして御用達の廣川家、後ろは鍛冶町、八幡宮、その後ろに内山家と、まさに江戸の街並みに近いところに住まいしていたことになります。
『つるがや』さんのような町屋が今に残っていることに大きな驚きであると同時に雲蝶さんの作品がそうした風情の中でしっかり醸成されていたとも思われます。

Y.W.


赤門
雲蝶街歩き本成寺つるがや赤門image3

本照院
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「与謝野晶子歌碑」
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つるがや
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名工の技と「マルナオ」「諏訪田製作所」を訪ねて

三条雲蝶会です。

5月31日(金) 平日と月末が重なり参加者4名のガイドでした。ガイド1、スタッフ2名で対応し、いろんな話ができ、大変喜んでいただきました。

彫刻・箸・爪切り、それぞれの分野の最高の技術を見学でき、いろんな質問が出ていました。

地元にこんな素晴らしい事業所があることに感激し、誇りに思います。    ありがとうございました。           (K.W)

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石川雲蝶個別ガイドしました

三条雲蝶会です。

5月30日・金曜日、横浜から雲蝶を見に来たというお二人をご案内しました。

本日は、「燕三条まちあるき」の石動神社+諏訪田製作所・丸直コースの日でしたので、そちらは別のメンバーが担当しており、私が別にご案内しました。



お二人は魚沼他の各雲蝶を見てこられ、昨夜三条市内に一泊されたとのこと。

午前中に本成寺、午後から石動神社をご案内しました。そのあと更に栃尾の方に回られるとのこと。

遠方から雲蝶のことをいろいろ調べ、丁寧に各所を見て回られる方がいらっしゃるのには驚きやら嬉しいやらです。



時間もたっぷりとっていただいたので、知っていることや雲蝶への思いのたけを存分にお話させていただくことができ、こちらもとても楽しかったです。

また、さまざまな質問、感想や、見方などお聴きでき、私にとっても勉強にもなり刺激にもなりました。

石動神社の「源頼光の大蜘蛛退治」の6人の中で、だれが一番イケメンかなどについても話に花が咲きました。

皆さんはいかがでしょうか。

そんな観点から雲蝶を見るのもまた楽しいです。



E.T.

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