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三条市立栄中学高で雲蝶出前講座

三条雲蝶会です。


去る5月20日(水)、栄中で三条雲蝶会による出前講座が開かれました。
例年は石動神社における実地学習だけなのですが、今年初めて座学を行い、予備知識を持って、その後現物を見ることになったのです。
生徒の皆さんは熱心に聞いてくれて、この企画は大成功でした。
彼ら中から「雲蝶」を将来引き継いでくれる人が出てくれることを期待しています。
この後、栄地区の小学校でも行うべく調整中です。更に、対象を本成寺、旧市街の小中学校にまで広げていければいいと思っています。
学校並びに教育委員会の皆さんありがとうございました。
新潟日報5月21日付け20面の記事を紹介します。

新潟日報uncho
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雲蝶後年祭速報 第6報

三条雲蝶会です。

後年祭で配布するパンフレットに載せる資料が事務局に届きました。
皆さんには先駆けてお伝えいたします。
楽しみですね。

わがふるさと三条への想い~安來ハガネ、本成寺、雲蝶

[1] 遥かな、そして内なる故郷
◯ 三条の地政学(五十嵐川、信濃川、弥彦山、守門山)・・・・・・・・・・・・・・小学校校歌から
四日町小学校(明治15年~平成17年、私の母校) 伊夜日子 守門の みそらをささえ
大江 信濃の 地をゆくところ 緑の松が枝 操をかえぬ われらが心の はたこそなびけ あおげ あおげ おしえの光
三条小学校(明治5年~) 五十嵐川の 流れ来て
信濃の河に 入るところ 其処に拓きし 三条の 語る歴史に 光輝あり
◯ 私にとっての三条の風景=「安來ハガネ」の塔
NHK『サキどり』「旅するケーザイ in 島根」(2015 年 4 月 26 日)で、鮮明に蘇った!
安来市は、かつてたたらでつくられた鉄を全国に運び出す港町として栄えました。(略)ノロかき・・・ この言葉、聞き覚えありませんか?実はこれ、たたら製鉄で玉鋼を生み出す鍵となる技「ノロ出し」を 受け継いだ作業なんです。人の目で確認して、不純物だけを確実に取り除くことで、鉄の純度を上げる。 機械ではだめで、最後は熟練の技がものを言うんです。こうしてつくられた鉄は、とても強くてしなや か。通常の鉄の10倍以上の値段で取引されています。例えば、身近なところでは包丁。特に堺、三条と いった、名高い産地の包丁は、ほぼすべてこの工場の鋼を使っているんです。(番組ホームページより)
◯ かつて舟運が支え、時代に合わせて進化しつづける三条 「われら信濃川を愛する・信濃川自由大学」・・・・・第5回講座、高橋一夫さんのあいさつより
今でもそうですが、三条市を紹介するのに、三条市は350有余年の歴史と伝統を誇る金属産業の町でと いう形でご紹介しています。ところが、19 世紀の終わり頃は、三条は集散地として呉服問屋さんが支 配しており、そして、産業も確かに金物もありますけれども、足袋だとか染め物、そして金物という形
で、私の調べたところでは金物は当時、第3番目の産業であった、それが北前船から鉄道に変わるとい う形の中で、三条の歴史の中で1901 年というのは三条の呉服問屋の大型倒産・廃業相次ぐという形の中 で、一挙に集散地としての呉服問屋さんが崩壊してしまう。
◯ 私の基層文化としての本成寺 十の塔頭を要する総本山。京都に構える並みの総本山よりスケールが大きいことに、後で気づく! 法華宗総本山本成寺は、永仁5(1297)年に日印聖人が創建した広大な古刹。
雲蝶と本成寺の縁は、弘化年間(1844~1847年)に三条の金物商、内山又蔵が、江戸で名声を得て いた雲蝶に本成寺の彫刻を依頼したのがはじまり。こうして三条に招かれた雲蝶は、本堂欄間や納 骨堂、塔頭寺院の彫刻に腕をふるった。・・・・・・・・・・・・・「にいがた観光ナビ」より


[2]京都で出会った危機を乗り越える戦略
◯ 国宝の寺院・千本釈迦堂(大報恩寺)で書生生活をすごし、寺院の生き残り戦略に出会う
千本釈迦堂は徒然草の2つの段で登場している:
第二二八段 千本の釋迦念佛は、文永の比、如輪上人、これをはじめられけり。
第二三八段 (略) 二月十五日、月明き夜、うちふけて、千本の寺にまうでて、うしろより入り
て、ひとり顔ふかくかくして聴聞し侍りに、優なる女の、姿・匂ひ、人よりことなるが、わけ入り て膝にゐかかれば、にほひなどもうつるばかりなれば、便あしと思ひて、すり退きたるに、なほゐ よりて、同じ様なれば、立ちぬ。
千本釈迦堂は年中行事を新たに生み出し、伝説の寺として再生した。いまや国際的な寺院である。 ◯ 京都は何回も絶滅の危機に直面し、再生を果たしてきた
ブラタモリ「京都編」(2015年3月27日、完全版)出演:タモリ、首藤奈知子アナウンサー “京都の3つの危機と再生をめぐって”
街歩きの達人・タモリさんが、“ブラブラ”歩きながら知られざる街の歴史や人々の暮らしに 迫る「ブラタモリ」。千年以上栄え続けている京都ですが、実は何度も衰退の危機に見舞われ た事がありました。
i)明治維新の空洞化を疏水で飛躍へ ii)寺院の境内を新京極へ iii)応仁の乱の破壊から御土居で洛中形成
[3]そして故郷との再会
◯ 国際大学(浦佐、南魚沼市)での日々
魚野川、越後三山、温泉、豪雪、越後縮み、魚沼産コシヒカリ、淡麗辛口・・・・・・・・・。 ◯ 牧之と雲蝶
鈴木牧之(1770年~1842年)『北越雪譜』初編上巻は天保6年(1835年)の刊行。
石川雲蝶(1814年~1883年)牧之が死んだ時、雲蝶は28歳。『北越雪譜』を読んだろうか? ◯ 雲洞庵と西福寺・開山堂
私がしばしば訪ねたのは1990年から1994年にかけて。ともにひっそりと佇んでいた。 その後、2009年にNHK大河ドラマ「天地人」の舞台として、雲洞庵が登場。 また、雲蝶が「越後(日本)のミケランジェロ」と呼ばれ出し、西福寺・開山堂が注目の的になる。
「雲洞の土踏んだか、関興の味噌嘗めたか。」 ◯ 文化生態系としての地域
地域は文化を持った生きもの。生まれて成長し、成熟し、衰退し、再生する。 三条も衰退の危機に直面しながら、たくましく再生してきた。そしてこれからも。
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以上

大浦雲蝶会はこんな活動をしています。

三条雲蝶会です。
大浦雲蝶会はこんな活動をしています。
1. 寺と地域の協力・・・・・・・・・西福寺に残る石川雲蝶作の数々の文化財を、地域の宝として再認識する機会や場所を提供し、寺と地域が一体となって「雲蝶生誕200年」をお祝いして楽しむ。

2.   地域ぐるみのおもてなし・・・・山菜や地元産の新鮮野菜及び地元の手作り品等を観光でこの地を訪れる人々に提供して交流し、魚沼の幸を堪能していただくとともに、直売して収益を得ることにより地域の活性化につなげる。
これまでの主な活動


内山邸

雲蝶後年祭の準備追い込み(第5報)

三条雲蝶会です。

去る5月11日(月)に月例会を開き、諸々の準備を行いました。
熱心な討議が交わされ、大いに盛り上がりました。
20日現在でまだ15名の申込みですので、あと1ヶ月が勝負です。
この度ポスター・チラシが出来ましたので、皆さんの目にも触れるでしょうから申し込みが増えることを期待しております。
一方、広報活動を積極的に行い、パブリシティーやホームページも活用していきたいと思います。三条新聞や新潟日報などの新聞、月刊情報誌、TV・ラジオにもアプローチしたいと思っています。
しかし、何よりも皆さんの口コミが一番有効ですので、よろしくお願いしたいと思います。
そこで、過日野島書店馬場会長を煩わせ、三条新聞に記事として取り上げてもらうべくお願いに行って参りました。山崎社長にお目にかかり、担当記者とお話しすることが出来ました。日下部さんはその方面に詳しく多くのことを教えてもらうことが出来ました。
写真はその様子です。
(YY)