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少人数ご案内します

三条雲蝶会です。

都合でまち歩きの時間には間に合わないが、別時間で本成寺の雲蝶を見たいというご要望。新潟市からの二人組の方をご案内しました。

少人数のいいところは、気楽に質問や応答、感想などを言い合いながら雲蝶鑑賞を楽しめるところです。

時間にも余裕があったので、ガイドする方も満足感がありました。

新潟二人組本照院105DSC_0502 (002)
新潟二人組静明院表105DSC_0511 (002)
新潟二人組月に葡萄105DSC_0513 (002)
新潟二人組猿DSC_0518 (002)

E.T.

石川雲蝶本成寺石動神社ご案内ガイドの問い合わせは
三条雲蝶会のホームページをご覧ください。
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テーマ:新潟県 - ジャンル:地域情報

燕三条まちあるき「雲蝶さんの江戸風情とそれを今に伝える町屋では」

三条雲蝶会です。

燕三条まちあるき
10月5日 「雲蝶さんの江戸風情とそれを今に伝える町屋では」
新人渡辺さんによる本成寺雲蝶のガイドから、ベテラン広川さんによる雲蝶の住んでいた四ノ町界隈のガイドへと、リレー式のガイド。

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出雲崎や市内のお客様
懐かしい人も来てくれました
リピーターの方も!
嬉しいですね

天気がいまいち
途中雨が振り出し心配しましたが何とか終了

つるがやさんでは
店主から熱のこもった説明、掛軸に至るまでのおもてなし
、帰りにセールスし皆でお買い物

とても美味しい大福でした
(^^) C.Y

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石川雲蝶本成寺石動神社ご案内ガイドの問い合わせは
三条雲蝶会のホームページをご覧ください。

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奥会津の方々本成寺ご案内

三条雲蝶会です。

今日本成寺のお客様は
奥会津から八十里越え体験ツアーの皆さん
約40名 三班に別れてのご案内でした

皆さん本成寺の広い敷地に驚いてられました
歩くのが大変な方も居られ
グループの後ろを歩くと
ガイドの説明が聞けないという事態😓
スタッフが後ろから捕捉して説明しながら歩きました

八十里越え
三条から奥会津に抜ける🚌
一度乗ってみたいと思ってましたし、昨日奥会津の話を友達としてたところに、今日のお客様で、個人的に逆に質問したりして
勉強になりました

今度は私が奥会津行ってみたいな
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雲蝶さんの“粋”をたずねて


三条雲蝶会です。

本成寺 ― つるがやコース 
 6月1日(土)さわやかなさつき晴れのもと本成寺赤門はより鮮やかに朱で迎えてくれました。
 会長のあいさつの後今日のコースの目的についての説明がありました。
 雲蝶さん30才代の作品が多く、それも比較的雲蝶さん自身の個性が出やすい小品がここ本成寺にあります。そのキーワードは“粋”ではないかと思います。雲蝶さんの持つ“粋”探しに行きましょう。その粋な雲蝶さんを受け入れた“当時の三条の町”を、“町屋”を訪ねてみましょう。
 雲蝶さんの活躍の舞台となる本成寺のこと、雲蝶さんの出生、本成寺に至る経緯は軽く説明する。
 本照院です。門の右端を見てください。飛龍ですが内側の飛龍と対になって舞う構図になっています。左にある飛龍も対になって舞う様子は法華経の使者としてこの寺を訪れる人々に功徳を施している。
 静明院です。向拜の2本の柱の獅子を見てみましょう。通常は柱の上部中央にある獅子がここではやや外側にあります。しかもその視線が向拜前方3m付近で結びます。琴高仙人の署名といいこころにくい演出に感心してしまいます。上げていただいた仏間での欄間には三日月とヤマブドウを左上から右下まで流した透かし彫りです。何とも素敵な絵を見ているようです。本堂には寺宝の亀の置物がありました。30cmに満たない小品ですが上部の甲羅の亀甲紋は木目を生かし、本物より本物らしく、首のしわも次第に太くなっていていまにも動きそうです。お中のラインや前足、後ろ足の指の数まできっちり彫りあげた観察眼の確かさには感心しました。
 お寺の行事等で赤牛は時間が短く、蓮如院のお猿さんには会えませんでした。
 雲蝶さんの住んだ町街並みに向います。
 与謝野明子の碑に昭和初期の三条商人たちの“粋”を感じながら信濃川、五十嵐川上流へと歩を進めると、それまで橋を架けることが禁じられていましたが明治政府に変るや否や架橋の願い出を行い、やっと『三条橋』をかけたと思ったら明治14年に水害で流されてしまう。それにもめげず再び願い出て明治16年に現『嵐川橋』が、さらに信濃川を走る蒸気船に出資するなど三条商人の心意気に感じつつ上流へ、左手に『本間小路』米穀、呉服の豪商本間家専用の川港に物資を出し入れする道路、宮小路を過ぎると村上、長岡、村松各藩の御用達を務める米穀商廣川家、南蔵小路を下って『つるがや』へ
小粋なショウウエンドウを入口の両側に配し、その上には重々しい板に『つるがや』と書した看板が掲げられている。(板は屋久杉で、書家の荻根沢小班筆)
一歩入ると正面に二畳近くの大凧(三の町標凧「渡辺綱」)が飾られ、良く見るとバック二間ほどの壁面は簾がおろされています。それを通してとなりの部屋のふすまが覗われます。何とも風情ある飾り付けでしょう。
隣りの客間に通されてみると二階はおろか三階まであろうかという空間があり、6,7mもの通し柱が周囲を支えていました。店主のお話ではもうこれだけの柱はないと、お客様の頭の上に人を置いては失礼との心づかいの表れ、同時に東と南からの明かりとりになっているとも、しかし上の障子の張替は命懸け、冬の寒さは並みでないなどの苦労話も。床の間には五月にふさわしい二幅の掛け軸が下がり、初夏の淡いい黄色の花が活けられていました。書画を志す若者が出入りし、その絵や書を買うことで幾ばくかの育みも果たしていました。終りの方で店主は「うちは企業ではなく、家業です。もうけることが目的ではなく、それによって自分が楽しみ、他の人からも楽しんでもらうのです。」と結ばれました。町家に住まうもののもてなしの心、そして町家の持つ文化の発信者の姿を見せていただきました。
帰りは今は本町通りですが雲蝶さんの時代には四の町通りを歩き、雲蝶さんの家のあたりできょう歩いてきた周囲に『つるがや』さんで見たりお聞きした町家を想像していただき、雲蝶さんの家の向かいには右から豪商本間家があり、婿入り先の酒井家、そして御用達の廣川家、後ろは鍛冶町、八幡宮、その後ろに内山家と、まさに江戸の街並みに近いところに住まいしていたことになります。
『つるがや』さんのような町屋が今に残っていることに大きな驚きであると同時に雲蝶さんの作品がそうした風情の中でしっかり醸成されていたとも思われます。

Y.W.


赤門
雲蝶街歩き本成寺つるがや赤門image3

本照院
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「与謝野晶子歌碑」
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つるがや
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石川雲蝶個別ガイドしました

三条雲蝶会です。

5月30日・金曜日、横浜から雲蝶を見に来たというお二人をご案内しました。

本日は、「燕三条まちあるき」の石動神社+諏訪田製作所・丸直コースの日でしたので、そちらは別のメンバーが担当しており、私が別にご案内しました。



お二人は魚沼他の各雲蝶を見てこられ、昨夜三条市内に一泊されたとのこと。

午前中に本成寺、午後から石動神社をご案内しました。そのあと更に栃尾の方に回られるとのこと。

遠方から雲蝶のことをいろいろ調べ、丁寧に各所を見て回られる方がいらっしゃるのには驚きやら嬉しいやらです。



時間もたっぷりとっていただいたので、知っていることや雲蝶への思いのたけを存分にお話させていただくことができ、こちらもとても楽しかったです。

また、さまざまな質問、感想や、見方などお聴きでき、私にとっても勉強にもなり刺激にもなりました。

石動神社の「源頼光の大蜘蛛退治」の6人の中で、だれが一番イケメンかなどについても話に花が咲きました。

皆さんはいかがでしょうか。

そんな観点から雲蝶を見るのもまた楽しいです。



E.T.

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