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石動神社 「俵藤太の図」  その二 佐藤の日

    俵藤太図
 私たち雲蝶会は雲蝶の彫刻について分かりやすくてより豊かなガイドを心がけています。毎月第二火曜の午後例会を持っていますが最初の30分をガイドの仕方や内容の交換を行っています。6月の例会では「藤原秀郷に関わる佐藤の日」という話題を提供してもらいました。
 藤原秀郷は平安中期の武将で、中臣鎌足こと藤原鎌足を祖とする家柄だそうです。彼は当初 父の住した近江国(滋賀県)田原の里におりましたが後に下野国(栃木県)の押領使に着き東国の守りを固める任についたといわれます。「秀郷の血統は長く栄え、拠点を置いた栃木県佐野市から全国各地へ移り住む。多くは『佐』野の『藤』原氏から、『佐藤』を名乗ったという。・・・語呂合わせで3月10日を『佐藤の日』と命名。」(2020.3.20朝日新聞『天声人語』より) w.y
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石動神社 「俵藤太の図」  その一 俵藤太の誕生

拝殿左にかかげられた欄間「俵藤太図」があります。筋骨隆々とした勇将そのものといった藤原秀郷が髪飾りもあでやかにかさねを着こなした夫人と対面している構図です。                                                                藤太さん              姫
 『御伽草紙』の中の「俵藤太物語」によれば、藤原秀郷という人が所用で近江の国(滋賀県)へ出かけた折、瀬田唐橋に来たところ 人々が多く集まり騒いでいました。話を聞き橋を見ると20丈(約60m)はあろうかと思われる大蛇が横たわっていました。秀郷は対岸へ行く用なので少し戸惑いましたがそこは剛のもの、大蛇をものともしないで渡って行きました。用を済ませ宿に帰って休んでいると、夫人が訪ねてきて「夜な々々三上山から大百足が湖に降りて来て私達をいじめます。その大百足を退治できるのは私の姿をものともせずに渡られた貴方様しかおりません。私はこの湖におります龍神の娘です。どうかお助け下さい。」これを見て見ぬふりをするは末代までの恥と直ちに重籐の弓五人張り関弦をかけて、15束3伏せある3年竹の大矢を3筋手挟んで瀬田をめざした。そしてみごとその大百足を退治しました。その礼として食べても食べても尽きない俵をもらい、“田原(この称は次回に)”から“俵”そして秀郷は藤原家の長男ということ”藤太”といわれ、俵藤太と呼ばれるようになりました。
 でも不思議ですね。藤原秀郷ですが錦絵などでは大百足退治の場面や将門の首を打つところ(そこが一番の見せ場)が描かれているのに雲蝶は全く別の場面を迫力いっぱいの藤太としとやかな龍の化身を彫りあげています。皆さんはどう思われますか。是非この「俵藤太図」をご覧ください。
申し込みは 角田道雄 0256-33-1754 (当分の間一組五名以内でお願いいたします)
w。y

雲蝶さんへの思い静かに ー  命日供養

 5月13日雲蝶さんの命日供養を三条市本成寺本堂の東にあります雲蝶さんのお墓にて執り行いました。雲蝶さんの菩提寺は本成寺蓮如院で御位牌も安置されています。
今にも雨が落ちてきそうな空模様でしたが蓮如院さんが御出でになられますと少しづつ陽も差し始め、激しい西風も治まり、読経とともに穏やかな法要日和になりました。蓮如院様

 遠く魚沼より中島すい子さんが駆けつけてくださり、酒井顧問をはじめ7名が参集しました。静かな中でお経が流れ、雲蝶さんへの思いを馳せながら豊かな時を過ごしました。戸外での法要は感慨をあらたにするものがありました。命日参集者

 いつもお墓にお参りし、帰ろうとすると脇から声をかけてくるお方があります。今日は命日供養ですからそれはないだろうと思っていましたら、墓前を整理し帰ろうとするとあの方の声がかかってきました。緑川玄三さんです。小説『三条左衛門』で一躍名をなし、文壇の重鎮山岡荘八氏に宿望された方です。昭和60(1985)年に上梓された『石川雲蝶』(『三条人物伝』に収録)には現在私達の雲蝶さんについての知識のほとんどが収められています。その緑川さんが「俺や菅沼を超えたかな」と問うて来るのです。菅沼正俊さんはもっとも早く雲蝶さんの作品をいま私たちが目にする範囲のすべてを調査され、『名匠石川雲蝶の事蹟』(『越佐研究』1963年)として発表された方です。魚沼の中島さんは先の『サミット』でのご発表でもお分かりのように菅沼さんを超えつつありますが命日中島さん
私たちはどうでしょう。街歩き『本成寺―つるがや』コースはその一つの試みなのですが。雲蝶さん、緑川さん少しはお認め頂けるでしょうか。
お問い合わせは 角田道雄まで TEL 0256-33-1754    y、w

お猿さんは何を考えているのでしょう

雲蝶さんは本成寺に床の間に置く作品を残してくれています。それらの作品は手が届く近さで鑑賞できます。
下の作品は蓮如院にある『柿の実を持つ猿』です。残念ながら手に載っているはずの柿の実は失ってしまいましたがやや上を見ている表情は何とも言えぬ微笑ましいものがありますね。体全体もふっくらとしてゆったりとしたものを感じさせてくれています。江戸時代に動物園などありません。どこで猿を見たのでしょう。観察する機会はそんなになかったでしょうが見事に彫りあげています。
コロナ 011
コロナウイルスが去りましたらぜひおいでいただき鑑賞してみてください。
申し込み先  角田道雄 TE 0256-33-1754

三条雲蝶会創立10周年記念企画新潟県雲蝶サミット開かれる。

雲蝶の魅力
三条雲蝶会発足10周年にあたる今年1月19日(土)午後1時30分より
三条市中央公民館大ホールにて県内各地より多くの方々にお集まりい
ただいて開催されました。
角田会長の開会のあいさつ、国定三条市長の来賓あいさつをいただき、
 
大浦雲蝶会佐藤春美さん、三条雲蝶会水品桂子さんによる「語り」
 江戸から三条に来られた雲蝶さんの本成寺や三条での活躍、魚沼に
出かけての足跡を壮大な物語としてリレーで展開されました。
 
各地区を代表される方々による最新の研究発表
 魚沼雲蝶会中島すい子さん「雲蝶作品の発掘」
丹念に歩いて新しく発掘された欄間などを丁寧に解説してくださいました。
 
栃尾観光協会大崎勉さん「植村角左衛門の事蹟」
江戸時代の中期以降、飢饉に備えて養蚕を奨励した植村角左衛門、その
功績をたたえて彼を祭った「貴渡神社」、その周りを雲蝶が絹が生産される
までを彫りあげて飾ったようすを話して下さいました。
 
三条雲蝶会江畑徹さん「江戸時代各地の寺社装飾」
今に残る江戸時代の寺社の装飾を、訪ね歩いた資料をもとに系統づけて見
せてくれました。
この間写真家の木原尚、三条市文化財審議委員高橋郁子、 みなとぴあの
学芸員中村里奈の皆さんからそれぞれに的確なコメントをいただきました。

新舞踊『雲蝶さん』を永井洵子、井上敏子、岸本ハル、安藤由美の皆さんで
優雅に披露していただいて第二部に移りました。

第二部では大浦雲蝶会佐藤春美さん 魚沼雲蝶会中島すい子さん       
       栃尾観光協会大崎勉さん 写真家の木原尚さん        
三条市文化財審議委員高橋郁子さん  みなとぴあの学芸員中村里奈さん
       三条市営業戦略室室長森田誠さん
の7名の皆さんと三条雲蝶会江畑徹さんの司会で雲蝶についての情報の発信
と観光の戦略について、ガイドに携る人、観光に携る人、行政に携る人とそれぞ
れの立場から話し合いました。

軽妙にして要を得た三条市営業戦略室佐藤郁子さんの総合司会が終りへと導き

新潟県副知事増田浩様からの総括のスピーチをいただき、意義深いサミット
に高めていただきました。

三条市営業戦略室始め多くの方々のご協力ありがとうございました。

なおこの新潟サミットの全てを収録したDVDが完成しました。
ご希望の方は下記にお申し込みください。800円+送料です。
   事務局 角田道雄Tel 0256-33-1754
              携帯090-2523-5070
DVD